地域安全マップ(2)

仮想フィールドワーク

 地域安全マップづくりは、街に出る前の座学(事前学習)から始まります。事前学習の目的は、「入りやすい」「見えにくい」という犯罪機会論のキーワードを理解させることです。子どもの多くは、不審者という「人」の概念に取りつかれているので、まずその概念を壊します。頭がリセットされたら、「景色(場所)」の概念を持たせるため、犯罪機会論のキーワードを示し、危険性を測る「ものさし」を与えます。子どもの集中力が続くクイズ形式を用いて、「ものさし」を試しに使ってみさせ、犯罪機会論のキーワードを景色のイメージへと具象化していきます。
 事前学習で、「ものさし(キーワード)」を与え、試しに使ってみさせたら、次は街に連れ出し、景色の診断を通して、実際の場面で「ものさし」を使いこなせるようにします。そのため、歩き回る範囲は狭くても構いませんが、公園、駐車場、路地裏といったように、異なる場面が含まれている方が学習効果は高まります。いずれにしても、学区内のすべての場所を調べる必要はありません。なぜなら、子どもによる地域安全マップづくりは、被害防止能力の向上という「人づくり」であり、正確な地図の作製という「物づくり」ではないからです。
 では、街の「探検」に出て、景色を見ながら、その危険性について犯罪機会論のキーワードに基づいて考えてみましょう。

指導者: このトンネルは通学路になっているね。ここは安全? それとも危険?
子ども: 危険!
指導者: どうしてですか?
子ども: 壁だらけだから。
指導者: さっき習ったキーワードを使うと……。
子ども: 見えにくい!
指導者: はい、正解です。トンネルの中は、だれからも見えにくいよね。それから、トンネルって、両サイドから簡単に入れるでしょ。
子ども: 入りやすい!
指導者: その通り。
子ども: ガードレールがないから、自動車が歩道に入りやすい。
指導者: さすが、さすが。完璧だね。というわけで、ここは、入りやすく見えにくい場所、犯罪者が好きな場所です。

指導者: この道はどう? 安全ですか、危険ですか?
子ども: トンネルみたい!
指導者: ということは……。
子ども: 入りやすくて見えにくい!
指導者: そうですね。近道でも、こういう道は通らない方がいいね。

指導者: この地下道はどうですか?
子ども: トンネルだから危ない!
指導者: キーワードを使って。
子ども: ここは、だれでも入りやすく、入ってしまうと見えにくい!
指導者: その通り。ここには、危険を知らせる赤ランプがありますね。非常ボタンがどこにあるのか、見に行きましょう。

指導者: この階段はどうですか?
子ども: ……。
指導者: 入りやすいか入りにくいか……。
子ども: 入りやすい。
指導者: 見えやすいか見えにくいか……。
子ども: 見えにくい。
指導者: そうだよね。階段って、横に長いトンネルを、縦に長くしたものみたいでしょ。だから、マンションやデパートの階段にも十分注意してね。それから、この階段には、ここが入りやすくて見えにくい場所だという証拠もありますよ。
子ども: ……。
指導者: 知らんぷりされていることが分かるサイン……。
子ども: 分かった! 落書きだ!
指導者: 正解! 入りやすくて見えにくいから、落書きされちゃうんだよ。でもね、すぐに消せば、「見ているぞ」というアピールになるよ。最初に見たトンネルには、落書きを消した跡があったけど、気がついたかな?
子ども: そうだったんだ!

指導者: この道はどうですか?
子ども: 危なそう……。
指導者: どうしてですか?
子ども: 入りやすいし、だれにも見てもらえない!
指導者: その通り。ここって、屋根のないトンネルみたいでしょ。

指導者: この道は安全かな?
子ども: さっきの道よりは広いけど……。
指導者: 分からなくなったら、キーワードで考えてみてね。
子ども: やっぱり、入りやすいし、見えにくい!
指導者: 正解です。屋根のない大きなトンネルっていう感じだね。

指導者: この道はどう?
子ども: 周りがちょっとは見えるけど……。
指導者: だれかに見てもらえるかな?
子ども: 無理っぽい。ここもトンネルみたいだよ。
指導者: そうだね。ここも、入りやすく見えにくい場所だね。

指導者: この道はどうですか?
子ども: 周りがよく見えるから安全!
指導者: では、あの山の方の家から、ここが見えるかな?
子ども: 見えるわけないよ。あっ、そうか! ここも見えにくいんだ!
指導者: その通り。辺り一面に田んぼや畑が広がる場所も、見えにくい場所なんだ。

指導者: この道は安全かな?
子ども: 入りやすいし、見えにくいから危険!
指導者: はい、正解です。坂道って、家が建てられなかったり、家が崩れないように道路側に高い壁を作ったりするから、どうしても見えにくくなっちゃうんだ。
子ども: 坂道の横に、山の中に入っていく道があるよ。もっと危なそう!
指導者: 本当だね。坂道から入りやすいし、入ったら全然見えないね。

指導者: この公園は、安全でしょうか? それとも危険でしょうか?
子ども: 見えにくいから危険!
指導者: どうして見えにくいのですか?
子ども: 隣にビルが建っているし、周りがブロック塀だから。
指導者: そうですね。ここにも、入りやすくて見えにくい場所の証拠がありますよ。
子ども: あっ、本当だ! 木の枝に傘がぶら下がっている! トイレの裏に自転車も捨ててあるよ!

指導者: この公園はどうですか?
子ども: 安全!
指導者: どうしてですか?
子ども: フェンスがあって入りにくいし、周りから見えやすい。
指導者: その通り。道路からも、周りの家からも、公園の中がよく見えるよね。

指導者: このトイレはどう?
子ども: ……。
指導者: 入りやすいか入りにくいか……。
子ども: 入りやすい。
指導者: そうかな? 男の子は女子用トイレに入りやすいですか? 女の子は男子用トイレに入りやすいですか?
子ども: 入りにくいよ。
指導者: そうだね。でも、どうして?
子ども: 入り口が別々になっているし、離れているから。
指導者: はい、正解です。女子用と男子用の入り口が離れているから、男の犯罪者は、女子用トイレに近づくだけでバレちゃうね。では、女子用と男子用の入り口が同じだったらどうだろう?
子ども: バレないから危険! 入りやすいから危険!

指導者: この駐車場はどうですか?
子ども: なんか不気味……。
指導者: キーワードを使って。
子ども: だれでも入りやすく、だれからも見えにくい!
指導者: そうですね。巨大トンネルのようだね。

指導者: ここはどうでしょう?
子ども: だれも住んでいないよ。
指導者: であれば、安全ですか、危険ですか?
子ども: ……。
指導者: 入りやすいか入りにくいか……。
子ども: 入りやすい。入り口が閉まっていないぞ。
指導者: 見えやすいか見えにくいか……。
子ども: 中に入ったら、全然見えないよ。
指導者: ということは……。
子ども: 危険!
指導者: その通り。こういう荒れ果てた空き家には近づかないようにね。

指導者: この自転車置き場はどうですか?
子ども: 危険!
指導者: どうしてですか?
子ども: みんなが入れるし、周りの人から見えない!
指導者: そうだよね。コンクリートの塀が邪魔になって、周りから見えにくいよね。

指導者: この自転車置き場はどう?
子ども: 安全かな……。
指導者: 正解です。その理由は?
子ども: 周りから見えやすい。自転車も見えているよ。
指導者: そうだね。それから、きれいな花が咲いていると、みんなが見るでしょ。だから、見えやすくなって、安全がレベルアップするよ。きっと、犯罪者は花が嫌いだね。


指導者: ここはどうでしょう?
子ども: ここも自転車置き場?
指導者: さあ、どうかな? よく見てごらん。
子ども: これ全部、放置自転車だ! 前かごに空き缶も捨てられている!
指導者: ということは……、安全なのかな? それとも危険?
子ども: ……。
指導者: 知らんぷりのサイン……。
子ども: そうか、分かった! 放置自転車は落書きと同じだ!
指導者: キーワードを使って説明して。
子ども: 入りやすくて見えにくいから、自転車が置きっぱなしにされちゃう。みんなが無関心だから、ここも見えにくい!
指導者: その通り。ちゃんとキーワードを使って説明できたね。それから、奥の方には扉があるけど、開きっぱなしになっているでしょ。扉が閉まっていれば、入りにくいのにね。

指導者: この遊び場はどうですか?
子ども: ……。
指導者: 入りやすいか入りにくいか……。
子ども: フェンスがないから入りやすい。
指導者: 正解! では、見えやすいか見えにくいか……。
子ども: 見えやすい。
指導者: そうかな? ほら、たくさんの人が歩いているでしょ。こういうにぎやかな場所では、大人の目があちこちに散らばっちゃって、みんなが危ない目に遭っても、気づいてもらえないかもしれないよ。それから、この柱の陰に連れて来られたら、もう見えないでしょ。
子ども: そうか、ここも見えにくい!
指導者: そうだね。だから、駅前やショッピングセンターの遊び場も、気をつけなければならないね。うわー、もうこんな時間だ。そろそろ戻りましょう。

 街の「探検」を終えたら、街歩きで見つけた危険な場所や安全な場所の情報を地図にまとめます。まず、模造紙に道路、河川、目印となる大きな建物などを描き、次に、現像した写真をはり、最後に、色紙などにコメント(危険な理由や安全な理由)を書き込み、当てはまる写真のそばにコメントをはり付けます。
 既成の地図の拡大コピーを使わないのは、地域安全マップづくりは、被害防止能力を高める「人づくり」であり、厳密さが求められる「物づくり」ではないからです。また、既成の地図を使うと、住民のプライバシーや地図会社の著作権を侵害する可能性があります。さらに、フリーハンドで描けば、世界でたった一つの、かけがえのない地図になるので、子どもたちの意欲が高まります。加えて、フリーハンドで描かれた地図からは、子どもたちが、自分たちの街について、どうイメージし、何を記憶しているかがよく分かります。
 子どもたちには、「地域安全マップ」というタイトル文字や、木、車、動物、校舎、名産などの挿し絵も自由に描かせます。このことには、子どもたちの創作意欲をかき立てるという狙いだけでなく、能力的あるいは性格的に、コメントづくりができない子どもにも役割を与え、参加した証拠をマップ上に残すという狙いもあります。

 地図書きで最も重要なのは、地域安全マップづくりに参加しなかった子どもでも、駆け寄ってきて見たがるような楽しい地図にすること、そしてその子どもでも、写真を見ながらコメントを読むだけで、「そうか、こういう場所が危ないのか。……そう言えば、近所にも似たような場所があったな。これからは気をつけよう」と思わせることができる地図にすることです。
 このように、地域安全マップの中核をなすのは、写真とコメントのペアです。したがって、どの写真を使うか、どういうコメントを書くかといった作業については、グループの全員で取り組むことが求められます。ただし、時間が制約されている場合には、最初に場所を分担し、各自が担当場所の写真を選び、コメント案を作成し、最後にそれを全員で検討し、同意または修正するという方法が適切です。
 地図書きにおいては、コメントにキーワードを盛り込むように、大人の指導者が子どもに促すことが大切です。「塀が高いから危険」ではなく、「塀が高いので家の中から見えにくい。だから危険」というように書かせるのです。キーワードを繰り返し用いることによって、子どもたちは、「ものさし」が使いこなせるようになるはずです。
 最後に、表札、ナンバープレート、容姿など、プライバシーを侵す写真がはられていないかどうか、「人」に関するコメントが書き込まれていないかどうかを確認することも、指導する大人の重要な役割です。
 地図が完成したら、「探検」の結果をアピールする発表会を開きます。発表会でも、できるだけキーワードを使って話すように促すことが大切です。地域安全マップづくりでは、事前学習、街歩き、地図書き、発表会という4つの異なる場面が用意されていますが、どの場面でも一貫して、同じキーワード(ものさし)を使わせることで、応用力が付き、キーワードを駆使できるようになるのです。

プロフィール

小宮信夫(こみや・のぶお)
立正大学文学部
     社会学科教授(社会学博士)
ケンブリッジ大学大学院
     犯罪学研究科修了

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